vol.5 木村桃子「星と人のけしき」

2023年11月11日 – 巡回中

 木村桃子は、木材の質感や彫った痕跡を残す、どこか詩的な木彫作品を制作するアーティストです。本展では、星座をモチーフに取り込んだ作品群がメインに展開されています。
 中央に配置されている、人の横顔をかたどった木彫作品は《星をたくわえたひと》と題されており、その題の通り、顔の側面には星をイメージした穴が穿たれています。穿たれた穴から放射するように彫り込まれたヒダが、顔の表面上に絡み合い、その線は星座を描いているかのようです。顔という“形”と、その“表面”に重ね合わされた星座、“形”と“表面”を貫通する穴、別々の要素が複数編み上げられて、ひとつの作品が結実しています。
 星座とはなにか、星座が引用される意味はなにか、と考え出すと、無限の解釈の可能性が広がっています。解釈の一例として考えたいのが、星座というものが、距離を大きく違えた星々を同一平面上に見て絵を見出す営みである、という側面です。地球から空を見上げ、星と星を線で結ぶとき、私たちはその星と星がどれほど離れているかを忘れてしまいます。
 たとえばペガスス座に含まれるマルカブは約133光年の星で、同じくペガスス座に含まれるアルゲニブは約391光年の星だそうです。ペガススを描く点と点は、隣り合っているようで258光年の距離の差を持ち、私たちが同時に見る光は258年の差をもって届いた光なのです。
 この事実を念頭に置くと、星座が引用される木村の作品には、そのような距離と時間の含みが圧縮され、封じ込められているように感じられます。表面に星座が重ね合わされた彫刻作品は、作品そのものの質量や体積といった即物的な数値以上の、擬似的な奥行きを内部に取り込んでいるようです。また《星をたくわえたひと》の表面のヒダに関して言えば、ノミの跡(手わざの痕跡)がありありと残っていることで、その制作に費やされた手数、運動性、時間が想起され、それもまたその奥行きを感じさせる効果を高めているでしょう。視線が表面の質感を追って、彫刻する行為を追認していく時間が、作品に厚みを与えていくのです。
 壁にかけられた木馬の作品も、一見ただの木馬でありながら、馬の頭部にあたる部分の内側だけが彫り込まれています。木馬に跨った人が上からの視点で見下ろすとき、馬の頭部は板と板(そしてその間の空隙)のみで、馬の形をしていません。作家によれば、その発見が《Mokuba》の制作に繋がっているといいます。ここからも、「視線 / 視点」というものが、木村作品に重要な意味を持っていることがわかります。
 このように木村の木彫作品は、ダブルイメージ、トリプルイメージの重ね合わせによって多様な解釈の可能性を持ち、モチーフの選択や、表面の手わざによって、その深みを得た美術作品と言えます。なにが感じ取れるか、さまざまな角度からじっくりとご鑑賞ください。

文・上久保直紀

木村桃子 KIMURA Momoko
1993東京都生まれ
2017武蔵野美術大学 造形学部彫刻学科 卒業
2019武蔵野美術大学大学院 造形研究科修士課程 美術専攻彫刻コース 修了
主な個展
2021「木馬と星」WALLA(東京)
2022「もれる光 のびる線」galerie H(東京)
2023「袋を積む」galerie H(東京)
賞歴
2017清水多嘉示賞(武蔵野美術大学五賞)
2017 MONSTER Exhibition2017 最優秀賞
2017日本文化藝術財団第22回奨学生
2019CAF賞2019 入選
2019権鎮圭賞(権鎮圭事業財団、武蔵野美術大学彫刻学科研究室)